2012年10月9日火曜日

hold住爱 2012 -- 杨幂hold住了爱


今年(2012年)公開された、杨幂が出演している映画は、このブログではこんなのを見てきました。

八星抱喜
春娇与志明
画皮Ⅱ
大武当之天地密码

ここでは、この映画を見てみます。

hold住爱》 2012

この映画は、今年(2012年)の夏、公開されました。

主演は、杨幂と刘恺威です。今年のはじめから、この二人の恋愛についてはあれこれ噂されていました。例によってドラマとか映画の宣伝であってほしいと願っていたのですが、どうやらほんとうに結ばれてしまったようです。

[Sina Entertainment]杨幂刘恺威微博公开恋情


杨幂-20120319非常静距离:甜蜜爱情揭秘


[Sina Entertainment]杨幂刘恺威首次合作 结婚顺其自然


この映画は、杨幂と刘恺威の二人が幸せになっておめでとう! みたいな映画というわけです。それはそれでかまわない(わけではない)のですが、タイトルの“hold住”とは、いったいどんな意味なのでしょうか。

ぼくは、QQで知っている人に、“hold住”ってどんな意味なのかとたずねたことがあります。彼女は、とてもていねいに答えてくれました。

例1)
自分がある計画を作りましたが、もともとは計画のようにしたいんですけど、突然自分は思わなっかたのことが発生しました、どのようにしますことも分からなくて、ちょっと困っていますけど
→この場合、友達が頑張ってくれて、“hold住”してくださいと言いました。その意味は落ち着いてくださいです。

例2)
Aさんは五百万元の宝くじに当たりました、とても嬉しいですが、お金を取りに行く途中で、不注意して、転びました。みんなの前でとても面目を失うことだと思われていますが。
→この場合、Aさんは何も発生しないと思っているうちに、立ち上がって、みんなを全部無視します。Aさんはこの状況を完璧に処理しましたと思っています。だから、Aさんはこの恥をかく状況を“hold住”しました。“hold住”=完璧に処理しました。

ほぼ原文のままですが、とても素敵な日本語のように思います。

“hold住”という言葉は、香港で活躍しているおねえさんが開発しました。

Miss Lin @ 大學生了沒 一秒變格格


このおねえさんは、“hold住姐”と呼ばれています。芸名はMiss Lin、 本名は谢依霖ということのようです。

そんなわけで“hold住”は、いつのまにか中国語になってしまいました。そんな事情で作られたのが、この《hold住爱》という映画なわけです。

杨幂は、《孤岛惊魂》 2011 という《ブレア・ウィッチ・プロジェクト》ふうに作られたドキュメントタッチなホラー映画に出ています。これは、杨幂のビキニ姿が見られるということだけに価値のある作品でした。

《孤岛惊魂》が公開されたころ、いったいいつから杨幂の胸はこんなにでかくなったのか? というようなことが話題になっていました。杨幂のスタッフは、南海ものが好きなようです。

刘恺威杨幂《HOLD住爱》搞笑版花絮

2012年10月6日土曜日

尸家重地(オカルト・ブルース)-东成西就1990


このブログでは、香港の映画監督である刘镇伟(ジェフ・ラウ)関連の映画として、こんなのを見てきました。わあ。ずいぶんとたくさん見たものです。

猛鬼差馆(バンパイアコップ) 1987
猛鬼大厦 1989
霸王女福星 1988
尸家重地(オカルト・ブルース) 1990
九一神雕侠侣(アンディ・ラウの神鳥伝説) 1991 (シナリオ)
九二黑玫瑰对黑玫瑰(黒薔薇VS黒薔薇) 1992
玫瑰玫瑰我爱你 1993 (製作+シナリオ?)
東成西就(大英雄) 1993 監督
大话西游之月光宝盒(チャイニーズ・オデッセイ <其の壱>) 1995
大话西游之仙履奇缘(チャイニーズ・オデッセイ <其の弐>) 1995
回魂夜(チャウ・シンチーのゴーストバスター) 1995
黑玫瑰义结金兰 1997 (共同監督)
超时空要爱 1998 (シナリオ)
天下無双 2002
無限復活 2002
出水芙蓉 2007
越光宝盒 2010
东成西就2011 2011

こうやって並べてみると、刘镇伟という人は、田舎がとても好きなように思えてきます。今回、見てみようと思うのは,、

尸家重地(オカルト・ブルース)》 1990

という映画です。

この映画の舞台は、香港島近辺の小さな島の小さな村です。この島は、たぶん、长洲(長洲)だと思われます。

刘镇伟は、长洲島を舞台にした《出水芙蓉》 2007 という映画を撮っているからです。というか、刘镇伟は、长洲のカトリック教徒の家に生まれたというのが、彼の田舎好きの理由のように思います。长洲島がどんなところなのかというのは、観光映画でもある《出水芙蓉》 2007 を見るとよくわかります。

《尸家重地》は、1990年に公開されています。1990年といえば、《赌圣》が公開された年で、この映画のヒットによって、周星驰チャウ・シンチー)は大スターととなり、監督の刘镇伟も有名になります。

今、《赌圣》を見てみると、ちょっときゅうくつなように感じます。実際、刘镇伟は《賭神》に続いて、《赌霸》 1991 を撮っているものの、これ以降、この系列の作品は作っていないように思います。《無限復活》 2002 こそカジノを舞台にしているものの、系列は違うと言っていいでしょう。

王家卫ウォン・カーウァイ)とシナリオを共同で書いた《猛鬼差馆》 1987 で監督デビューした刘镇伟は、実はこの《尸家重地》 1990 において、飛躍的なジャンプを遂げたのではないでしょうか。

現在においても、刘镇伟の最良の作品は《東成西就》 1993 であると言うべきだと思います。でも、これまでぼくは、《東成西就》だけが、刘镇伟の作品系列のなかで、孤立しているというか、浮いているようにも思っていました。

お尻をさわられると感じてしまう女幽霊
しかし、《尸家重地》を見て、ようやくその謎が解けました。《東成西就》の前身が《尸家重地》だったのです。《尸家重地》とは、《東成西就》 1990 なのです。《尸家重地》のラストのクライマックスを見てください。これは、まさに《東成西就》 1993 ではありませんか。

もちろん、これは《猛鬼大厦》 1989 の発展形であることを忘れてはいけません。だから、《猛鬼大厦》 1989 こそが、《東成西就》 1993 の原型であると言えるとも思いますが、《尸家重地》では軽々しさの大幅アップに大幅に成功していると思います。

刘镇伟は《猛鬼差馆》以来、緊迫感のないだらだらとしたお笑いを描いてきたわけですが、《赌圣》では緊迫感のようなものを付加してしまい、それがきゅうくつ感につながってしまいました。しかし、《尸家重地》では、緊迫感から開放された、だらだらとしたお下品でおくだらないお笑いを見事に取り戻しています(どっちが後先なのかはわかりませんが…)。

《尸家重地》において何が新境地なのかというと、ひとつは時間と空間からの離脱というか、物語を破壊していくパワーというか、そんなような逸脱でしょう。たとえば、なんで警察署長は、麻薬取締りにこだわるのでしょうか。なんでみんながみんな下痢になってしまうのでしょうか。なんで墓泥棒が、たぶん粤剧(粤劇)だかで演じられている《白蛇伝説》の舞台(白蛇と青蛇が法海と戦っているシーン)にたどりついてしまうのでしょうか。

ステージが崩れる
この方向性は、刘镇伟の最大の傑作であると言うべき《九二黑玫瑰对黑玫瑰》 1992 で、見事に結実します。あるいは、《大话西游》1995、《超时空要爱》 1998 、《天下無双》 2002、《越光宝盒》 2010 などの穿越タイムトリップ)につながっていると言ってもいいでしょう。

もうひとつは、鈴木清順木村威夫ばりの様式美の確立です。これもラストのクライマックスで見事に昇華されます。文字どおりのワイヤーアクション(!)もそれはそうなのですが、まずは始皇帝の悪霊とのやりとりこそは、中国のお芝居や歴史などの伝統の様式化であるはずです。あるいは、お化けたちとの追っかけごっこなども様式美のひとつに数えていいでしょう。


巨大な脚
そんなわけで、昔の刘镇伟の映画を見る楽しみは、パロディ映画を見て過去を振り返る楽しみよりは、未来を覗き見る楽しみのほうが大きいわけです。ぼくたちは、《尸家重地》を見ながら、未来の刘镇伟の映画の数々を覗き見して大笑いしましょう。

たとえば、《インディ・ジョーンズ》のパロディを展開していたはずが、いつの間にか金庸の《神雕侠侣》が展開されてしまいます。これ以降、刘镇伟は《九一神雕侠侣》 1991、《黑玫瑰义结金兰》 1997 などにおいて、いったいどれだけ金庸《神雕侠侣》を語ったことでしょうか。

屍家重地法海生孩子篇


屍家重地 風流鬼 盧冠廷

2012年9月23日日曜日

国产凌凌漆 1994 --李香蘭は二度死ぬ


ジュラシックパーク(巨大恐竜の骨)盗難事件を解決するため、情報部の予備スパイである凌凌漆(007)は香港に派遣されます。凌凌漆は、香港で阿琴(アーチン)と協力することになっていて、二人は红玫瑰(赤いバラ)を目印にします。

国产凌凌漆》 1994

は、こんなふうにして始まります。日本語のタイトルは、《0061 北京より愛をこめて!?》 となっているみたいです。この映画は、続編とも言うべき

大内密探零零发(008皇帝ミッション)》 1996

と、いっしょに見たり語ったりしたほうが、より楽しめるように思います。

赌神(ゴッド・ギャンブラー)》 1989 という映画があって、刘镇伟(ジェフ・ラウ)はこの映画のパロディ映画《赌圣(ゴッド・ギャンブラー 賭聖外伝)》 1990 を周星驰主演で作ります。

《赌圣》は大ヒットして、周星驰チャウ・シンチー)は1990年代を代表するトップスターになり、この映画《国产凌凌漆》では、ついには監督業にも乗り出します。

なんで赤いバラが出てくるのかというと、刘镇伟の《九二黑玫瑰对黑玫瑰(黒薔薇vs黒薔薇)》 1992 を、周星驰が意識しているからだと考えていいでしょう。そう考えると、《九二黑玫瑰对黑玫瑰》と《国产凌凌漆》は、けっこう似ているようにも思えてきます。

“黑玫瑰もの”については、このブログではこんなことを書いています。

《ラベル“黑玫瑰/黑薔薇”に属するブログ--目次》

 0 玫瑰玫瑰我爱你 1940
 1 黑玫瑰 1965
 2 黑玫瑰与黑玫瑰 1966
 3 女黑侠木兰花 1966/1981
 4 侠女黑玫瑰 1991
 5 女黑侠黄莺 1992
 6 九二黑玫瑰对黑玫瑰 1992
 7 玫瑰玫瑰我爱你 1993
 8 黑玫瑰义结金兰 1997
 9 见习黑玫瑰 2004 (出水芙蓉 2007)
10 黑玫瑰(电视剧) 2009
おまけ 猛鬼差馆(バンパイア・コップ) 1987

赤いバラのおかげで、007阿漆(アーチー)と阿琴は香港で無事に出会います。阿琴が鼻歌を歌っていると、阿漆が“その歌はなんだ?”と聞きます。阿琴は“李香蘭の歌よ”と答えます。

张学友ジャッキー・チュン)が《李香兰》という歌を歌っているけど、俺は、李香兰という名前より李香琴という名前のほうがいいと思う”
“わたしの名前は李香琴よ。李香兰は、わたしのママなの”

Jacky Cheung - Li Xiang Lan 张学友 - 李香兰


こうして、李香琴は実は李香兰の娘であるという衝撃の事実が発覚します。李香兰山口淑子は、中華民国によって国外追放されています。阿琴が、李香兰が中国で生んだ娘であるとすれば、阿琴はすでに50近いおばさんということになります。

李香兰は、“東洋のマタハリ” “男装の麗人”などと呼ばれる川岛芳子川島芳子)とのつきあいもあったそうです。川島芳子のほうは、中国人でありながら日本人として生きます。

李香兰が国外追放されたのは、“汉奸(国賊)”の罪を問われたとき、日本人であることを証明できたためです。川島芳子も、やはり“汉奸(国賊)”の罪に問われ、こちらは処刑されています。

この映画における李香兰とは、张学友の《李香兰》からイメージされた李香兰+川島芳子ということなのでしょう。

この映画で注目しておきたいことのひとつは、“分心大法”という特技です。阿琴が、阿漆の腿から銃弾を抜き出すとき、阿漆がポルノビデオを見ることによって、苦痛を快楽でやわらげるという荒業です。

“~大法”という武功で一番有名なのは、金庸笑傲江湖》の“吸星大法”のように思います。この“分心大法”も、“吸星大法”由来のパロディと考えていいでしょう。ただし、ぼくが見た《国产凌凌漆》は国語版であって、オリジナルでも“分心大法”という言葉が使われているのかどうかは知りません。

さて、この映画では無辜の人々が次々と殺されていきます。敵味方に分かれた戦いであれば、ぼくたちは映画の中における人の死に無頓着でいられます。しかし、敵味方関係なしに人が無慈悲にも殺される場合、人の死に無頓着ではいられないこともあります。

この映画が作られた1994年は、もうすぐ1977年の香港返還を迎えようとしています。無辜の人々の大量の死は、香港返還に対する香港人の不安と嫌悪の表現であり、中華人民共和国に対する批判であったといっていいでしょう。

映画のラスト、阿漆の猪肉刀にはこんな文字が刻まれています。

名族英雄
小平赠

电影《梅花》主题曲


何日君再來 - 李香蘭 (1939)


夜来香 李香蘭(中国語・日本語)


文茜的世界周報 080216 - 川島芳子


国产凌凌漆.rmvb


大内密探零零发 1996 - 周星驰、愛に寝返る


1990年代、香港のトップスターとして独走する周星驰チャウ・シンチー)は、

国产凌凌漆》 1994

の続編とも言うべき、

大内密探零零发》 1996

で、《国产凌凌漆》に次いで、2度目の共同監督をつとめています。

なんで零零发(008)かというと、《国产凌凌漆(007)》の続編ということで零零发(008)だということでしょう。8は发につながり、发は发财につながり、タイトルそのものがおめでたいということになります。

《大内密探零零发》の主要テーマは、周星驰の008とその妻(刘嘉玲カリーナ・ラウ)との愛情物語と言っていいでしょう。

刘嘉玲は、この映画において可愛さが際立っているように思います。梁朝伟トニー・レオン)が、刘嘉玲を生涯の伴侶とした理由もよくわかります。

ぼくたちは、この映画を見ながら素直に笑ってもいいでしょう。あるいは、

《国产凌凌漆》 1994
《大内密探零零发》 1966

という2本の映画の間に、いったいどんな出来事が起こっていたのかを思い出してみてもいいでしょう。

《国产凌凌漆》 1994 の後、周星驰は、彼を一躍有名にした《赌圣》 1990 の監督である刘镇伟(ジェフ・ラウ)とコンビを組んで、《大话西游》に取り組みます。

大话西游之月光宝盒(チャイニーズ・オディッセイ Part1 月光の恋 )》 1995
大话西游之仙履奇缘(チャイニーズ・オディッセイ Part2 永遠の恋)》 1995

周星驰が主演しているとはいえ、《大话西游》は興行的に失敗します。

刘镇伟は、《大话西游》において愛を語ってしまったことが失敗の理由であると思った(のかどうかは知りませんが)、再度、周星驰を主演にして、狂気をテーマにしたお笑い映画

回魂夜》 1995

を作ります。しかし、これもヒットしません。あまりに面白すぎたからです。

そんな事情があって(かどうかは知りませんが)、天下の周星驰の映画をヒットさせるために、周星驰が自ら2度目の共同監督を務めたのが《大内密探零零发》ということのように思います。

目論見どおり、この映画は大ヒットします。しかし、《大内密探零零发》の質は、《国产凌凌漆》とは何かが違います。

1994年、もうすぐ香港返還が実現される(1997年)にあたって、《国产凌凌漆》は、中華人民共和国をお笑いにしていました。

1996年、まじかに現実となる香港返還にあたって、《大内密探零零发》の周星驰は、中華人民共和国に寝返ったのではないでしょうか。あるいは、チャップリンに寝返ったと言ってもいいでしょう。

ここにあるのは、世界を救うのは愛ではなくお笑いであるという精神ではなく、世界を救うのはお笑いではなく愛であるという精神です。

香港返還を最もクールに乗り切ったのが王家卫ウォン・カーウァイ)でしょう。《春光乍洩ブエノスアイレス)》 1997 でカンヌ国際映画祭監督賞を受賞し、世界の映画作家の地位を固めます。

最も深刻だったのが、たとえば、刘镇伟かもしれません。刘镇伟は、5年くらい黙ってしまいます。

最もぶさいくだったのが、香港返還後に作られたろくでもない香港映画の数々でしょう。

香港返還後、周星驰はどうしたのかというと、この《大内密探零零发》路線を踏襲しつつ、《少林足球少林サッカー)》 2001 で、愛とお笑いの巨匠、現代のチャップリンとして君臨します。

とはいえ、この映画にはいくつか特筆すべきこともあります。

漢民族にとって異民族王朝である清朝をどれだけ笑いものにしても許されるという法則はあるものの、皇帝のもとへ後宮の美女たちが走りよってくるシーンは、永遠の傑作だと思います。

あと、《国产凌凌漆》では“分心大法”が開発されたわけですが、これに触発されて《大话西游》では“移魂大法”が開発され、“移魂大法”は《大内密探零零发》に継承されています。

【大内密探零零发 (1996)】【国语中字】


大内密探零零發 (1996) Cantonese Full Movie


2012年7月31日火曜日

《赤壁(レッドクリフ)》 2008-2009 -略懂略懂




赤壁 上》は、胡军扮する子龙が阿斗をかかえて、まるで《天龙八部》の萧峰みたいな勢いで敵を斬りまくるあたりから始まります。

わあ、久々に超大作映画というのを見ました。このブログでも三国志ものはいくつか見ています。

超时空要爱》 1998
越光宝盒》 2010
关云长(三国志英傑伝 関羽)》 2011
回到三国》 2012

とりわけ、《回到三国》 は、ぼくのお気に入りです。誰にも省みられることはないのかもしれませんが……。

《关云长》は孙俪が出ているので見ただけでどうでもいいのですが、問題は《超时空要爱》と《越光宝盒》です。

《超时空要爱》は、ニヒルな刑事(梁朝伟)と、下っ端ヤクザのカップル、カップルの仲間のヤクザ、自殺した女の子、三国時代から穿越してきた关羽(関羽)の魂に乗っ取られた京劇役者とそのかつての相方、なぜか事件に巻き込まれてしまったおっさんの8人が、三国時代に穿越(タイムトリップ)してしまう物語でした。

《越光宝盒》は、牛魔大王の騒ぎに巻き込まれた孙俪と郑中基が三国時代に穿越してしまう物語でした。あら? ふと気づくと、いったい二人はいつの時代から穿越したのでしょうか? 牛魔大王が月光宝盒を持っていたわけで、もとの時代は西遊記の舞台である初唐だったのかもしれません。

ぼくがお気に入りの、《回到三国》は、诸葛亮をアイドルとあおぐ香港の三国志ゲームおたくが、三国時代に穿越(タイムスリップ)してしまう物語です。

《越光宝盒》と《回到三国》をより楽しむためには、《赤壁》を見ておいたほうがよかろう--というようにも思います。

《越光宝盒》の诸葛亮はしきりに“略懂略懂”を繰り返すので、《赤壁》の诸葛亮が“略懂”というセリフを言うところも見たかったのでした。もちろん、《回到三国》の诸葛亮も“略懂”を口にします。

ぼくはいつも、刘备-关羽と刘邦-项羽が、どっちがどっちだったか、誰が誰だったかわからなくなってしまいます。なんとなく名前が似ているからです。

西晋の陈寿が書いた《三国志》をベースに、《三国志》にまつわるあれこれな物語があれこれな形で書かれたり語られたりするわけですが、その集大成がフィクション《三国演義》ということになるようです。

《三国志》を語るお話のひとつに、《新全相三国志平話》というのがあります(14世紀、元の時代)。全相というのは照相の相(4声)であって、全部のページに絵が入っているよという意味だそうです。

この物語の冒頭では、司馬仲相という書生が天界の天帝に呼び出され、ある事件の裁判官になります。被告は漢の始祖・高祖(刘邦)とその妻・吕后、原告は漢帝国成立後次々に殺された功臣である韓信、彭越、英布の3人、証人は蒯通という論客。

司馬仲相がどういう判定をしたのかというと、韓信を曹操、彭越を刘备、英布を孙权、蒯通を诸葛亮に転生させ、刘邦と吕后は献帝とその妻伏后に転生させるというものだったそうです。

--参考文献:「三国志演義」(井波律子)岩波新書

《回到三国》 2012 - 三国志にすべる


今年(2012年)の7月から8月にかけて、こんなテレビドラマが放映されました。

回到三国》 2012

ちょうど、《轩辕剑》の放映期間と重なっていました。もちろん、人気は圧倒的に《轩辕剑》なのですが、ヒロイン刘诗诗がブスであると同時に、演技が杨幂の下手なまねであるため、ドラマをもたもたさせてしまい、《仙剑3》の爆発力とスピード感に遠く及びませんでした。

そんなわけで、ぼくは《轩辕剑》を見るよりも、この《回到三国》を見るほうが楽しみになってしまいました。特に出来がいいというわけではないのですが、けっこう気に入っています。

ストーリーや登場人物については、“《回到三国》 2012 - 5分でわかる三国志人物伝”を参照してください。

このブログでは、三国志ものとしては

超时空要爱》 1998
赤壁(レッドクリフ)》 2008-2009 -略懂略懂
越光宝盒》 2010
关云长(三国志英傑伝 関羽)》 2011

を見てきました。

ぼくと同様に、三国志に詳しくない人は、《赤壁》とか 《关云长》などを見ておくと、《越光宝盒》やこの《回到三国》を見て、もっと笑えるように思います(《赤壁》や 《关云长》が正統な三国志物語というわけではないのですが……)。


《回到三国》は、諸葛亮をアイドルとあおぐ三国志のゲームおたく司馬信が、三国志の時代に穿越(タイムトリップ)してしまう物語で、香港のテレビドラマです。

最近の香港映画は、香港の映画なのか中国の映画なのかわからないことが多いわけですが、“香港のテレビドラマ”は今でも健在のようです。

香港のテレビドラマでは(あるいは映画でも)、資金が少ないという理由とか、自然が少ないという現実などにより、ちゃちなセットを作って、いかにもご都合主義な物語とかお笑いとかが、田舎芝居のように展開していきます。

したがって、《回到三国》の戦闘シーンなどでは、CGというかVFXというか、そういう技術はほとんど使われていません。10数万の民とか100万の大軍とかは、《回到三国》ではせいぜい20人とか30人くらいにしか見えません。このスケール感には、とても好感が持てます。

このブログでは香港のテレビドラマとして《鹿鼎记》 1984 を見ています。30年近く前のドラマで、梁朝伟トニー・レオン)もとても若いわけですが、お気軽な演技とか、手抜きな撮影とか、安易なアクションシーンとか、そういった構造のあれこれは《回到三国》にも継承されています。


諸葛亮諸葛孔明)おたくの司馬信が、よくも都合よく三国時代にタイムトリップできたものです。しかも、そのとき三国志もの映画だかテレビだかのエキストラをやっていたので、自然に地元の人々とお友達になります。そのうえ、その村には諸葛亮が住んでいたのです。

そのころ、ちょうど諸葛亮は結婚式をあげます。司馬信は、ぶさいくな奥さんをもらうなんてやめちゃえと諸葛亮に提言するのですが、諸葛亮は言うことを聞いてくれません。

そのあと、劉備が諸葛亮を軍師として迎えるためのお願いにやってきます。このドラマでは軍師を補佐する役目の人を謀士と呼ぶのですが、司馬信は諸葛亮の謀士になろうとします。

しかし、まだつきあいが浅いという理由で、諸葛亮は司馬信を謀士にしてくれません。そこで、劉備軍団に従来からいる軍師・韓良の謀士になって、劉備一家に潜り込みます。

三国志ファンならばご存じなのでしょうが、三国志には韓良などという人は登場しないそうです。これはネットに書いてあったことなので、本当かどうかは知りません。

でも、劉備軍団にもともとの軍師がいたとしても不思議ではないでしょう。それに、司馬信が飛び込んだ世界は歴史としての三国時代というよりは、《三国演義》という物語世界であるように思われます。

映画《赤壁》は、10数万の民を率いて荆州から撤退する刘备軍団が、曹操軍団に蹂躙されるあたりから始まります。長坂の戦いという有名なお話なんだと思います。刘备軍団はかろうじて曹操軍団の追撃を振り切ったあと、長坂橋を切り落として、曹操軍団の足を一時的に止めます。

《回到三国》でのこのシーンでは、最後に橋を渡ってきた张飞に、司馬信は大声で怒鳴れと言います。そして、张飞の絶叫によって橋が倒壊します。

このエピソードは、《演義》にはなく、《赤壁》の記事で紹介した講談のタネ本《新全相三国志平話》に書かれているそうです。

つまり、司馬信は《三国演義》という物語世界に穿越したというよりは、語り物とかお芝居の三国志世界に突入した模様です。

映画とかドラマが関羽と張飛を造形するとき、必ずや京劇風のメイクにしないと許されないようです。《赤壁》でもそうであったように、このドラマでもそうです。

穿越のしくみは、星の運行のタイミングによって、時空の裂け目というかねじれが起こるというパターンで、これは《》タイプの穿越です。

《宮》では、穿越の先輩がいたことにより、晴川が現代に帰る道が開きました。《回到三国》では、司馬信の携帯電話がどういうわけか、SFおたくの妹とつながって、彼女とメールをやりとりすることによって、現代への帰還を模索します。

妹は、タイムトラベル研究家の曹教授に兄を現代に戻す術を依託します。タイムトラベルものが守らなければならない原則は、歴史を改変してはいけないことです。しかし、司馬信は、そんなことはまったく気にしていないようです。

刘备の二人の奥さんがけんかして刘备が困ってしまうシーンとか、関羽と張飛がちょくちょくけんかして刘备が困ってしまうシーンとか、諸葛亮の奥さん(月英)が家出してしまい諸葛亮が休暇を取って奥さんを探しに行くシーンとか、“死八婆”=蔡夫人の横暴ぶりとか、あれこれ楽しめると思います。

あと、物語が喜劇だ悲劇だ人情話だとか、あれこれ展開するなか、なごませてくれるのが、司馬信が穿越して最初に出会った范根です。

范根は刘备軍団の兵士になるわけですが、ついにはI'm sorryという英語も使えるようになります。

最後はちょっと悲しいお話になってしまうのですが、これとは別のエンディングもあります。見たい人は、あれこれ探してみてください。

等你回来(回到三国主题曲) 林峯 官方MV


Always on My Mind 回到三國