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2016年2月13日(土)から放送が始まった、霍建华と刘诗诗が主演しているテレビドラマが
女医 明妃传 2016
です。本日(2月17日)、百度のテレビドラマ人気ランキングは、この 《女医明妃传》 がトップです。放映終了までは、トップを走るのでしょう。
このドラマにいたるまでの刘诗诗の軌跡については、こっちの記事に書いておきました。
女医 明妃传|目指すは刘亦菲! 刘诗诗における不断の整形、その全真相 !!
人気ランキング2位にいるのが、《青丘狐传说》 2016 で、こちらは今年の春节元旦(2月8日)から放映が始まりました。
《青丘狐传说》 と 《女医明妃传》 は、どちらも上海唐人の制作です。《青丘狐传说》 あるいは、これまでの上海唐人ドラマなどについては、こっちの記事を見てください。
青丘狐传说 2016|上海唐人を凋落させた刘诗诗、あるいは胡歌の復活
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《云之凡》 |
云之凡 2016?
です。これは 《仙剑奇侠传五》 に当たります。つまり、原作がゲーム 《仙剑奇侠传五》 ということです。上海唐人は、原作ゲームと同タイトルのドラマ 《仙剑一》、《仙剑三》 という二つの傑作ドラマを作っています。しかし、《仙剑三》 以後、これを超えるドラマを作れていません。
《云之凡》 も、《仙剑三》 に及ぶことはないように思います。胡歌も霍建华も刘亦菲も安以轩も杨幂も唐嫣も、もちろん出ていないからです。ただし、古力娜扎は出ています。古力娜扎は 《青丘狐传说》 にも出ていて、たぶんトリのエピソードで登場するように思います。
《仙剑三》 |
日本でも放映された杨幂の 《古剑奇谭》 も、原作はネットゲームではありませんでしたが、その後はネットゲームにもなったようです。ゲーム 《仙剑奇侠传五》 も、ドラマ 《云之凡》 放映後にはネットゲームになるのでしょう。
《怪侠一枝梅》 |
怪侠一枝梅2
です。もちろん Part1があるわけで、それが 《怪侠一枝梅》 2011 です。このドラマで、刘诗诗ははじめて本格的に主演したように思います。2011年の1月に放映開始されたこのドラマと、そして2011年9月に放映された 《步步惊心》 で、刘诗诗は一部ファンにとって一気に赤くなります。ただし当時、本当に赤くなっていたは杨幂です。
また、本当に作られるのかどうかはわかりませんが、ラインアップされてはいるのが
です。《梦回大清》 というのは2004年から2007年までネットで連載された穿越(タイムトリップ)小説の鼻祖(元祖)です。《宮》、《步步惊心》 などのヒットで、穿越ものドラマも禁止になってしまったわけですが、このご禁制をどう打開するのでしょうか?
《花千骨 2015》 2015 は、《花千骨》 2015 のメンバーたちが現代(2015年)穿越してきてしまう物語でした。このドラマは穿越ドラマ禁止というご禁制を、テレビ放映はせずに、ネットのみでの公開という策で乗り切っていました。
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《女医明妃传》 は、タイトルどおり女医の物語で、実在した女性をモデルにしているそうです。もちろん、恋愛がらみのとんでもない部分はフィクションでしょう。ドラマは、こんなナレーションで始まります。
黄轩 |
(明朝の中期、朱子学が興隆し、礼儀と道徳が大変重んじられ、女性の地位は低く、貴族の子女は人前に火をさらしてはいけないとされていた。……女性が医者になろうものなら、“三姑六婆” と呼ばれてしまう始末だった)
霍建华 |
“六婆” とは、“牙婆(口利き)”、“媒婆(仲人)”、“师婆(女巫)”、“虔婆(やり手婆)”、“药婆(偽薬売り)”、“稳婆(産婆)” だそうです。
ヒロイン允贤(刘诗诗)の家は代々医業を営んでいたのですが、皇后だか側室の誰かだかの流産事件が起き、責任を問われて拷問された家長は自殺してしまいます。允贤の一家は都を逃れ、姓を谭から杭に変えます。やがて、允贤のパパは杭将军として、家族といっしょに都に戻ってきます。
“杭家” では、医学を学ぶことは禁止されているのですが、允贤はおばあちゃんから、こっそり医学を学んでいます。ところが、徐侍郎家の太夫人70歳のお祝いの席で、太夫人が倒れてしまい、允贤は自分の太夫人を救けてしまいます。この事件はパパにも知られてしまい、パパは改めて医術を学ぶことを禁ずるために、医術の本をすべて燃やしてしまいます。
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そういう発端からどんなロマンスが始まっていくのかというと、允贤は徐家で太夫人を救助する前に、もう一人救っています。允贤と侍女が徐家の裏庭を散歩していると薬草を発見するのですが、男が刀をつきつけてその薬草をよこせと脅します。
しかし、允贤は男の手を見て、彼が毒にあたっていることを知るのですが、そのとき男は倒れてしまいます。允贤は庭で庭で薬草を見つくろって、一時的な解毒を施してあげます。この男は、追手に殺されそうになったのですが、命からがら逃げて来たのでした。
允贤は徐太夫人に薬の処方までするのですが、実は処方には間違いがありました。しかし、徐家ではきちんとした医者が太夫人に正しい薬を処方していたため、大事にはいたりませんでした。それはそれでラッキーだったということで、允贤は侍女とお参りに行きます。
すると、お寺に女が駆け込んできて、主人の奥さんが重い病気にかかっているので救けてくれと叫びます。允贤は救けに行きたいのですが、女の主人の家は馬車でなければ行けません。そこに馬車を提供してあげようという、どこぞのお坊ちゃまが現れます。
このお坊ちゃまが誰かというと、明朝六代皇帝朱祁镇(英宗)で、演じているのは霍建华です。で、追手に殺されそうになって、徐家の裏庭で倒れてしまったのが誰かというと、明朝七代皇帝朱祁钰(景皇帝または代宗)です。こんな出会いをきっかけに、允贤は二人の皇帝から愛されてしまう……というような物語です。
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《推拿》 |
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映画やドラマで歴史がネタになる場合、たいていは王朝末期の混乱とか新王朝の樹立とかが舞台になります。元末の混乱に乗じて明王朝を打ち立てる主役が朱元璋なわけですが、朱元璋はもともとはチンピラというか盗賊です。
ところが 《女医明妃传》 は大した出来事のない(などということは、歴史にとってもちろん、そんなことはないわけですが)明朝中期が舞台になっています。いったい、なんでそうなっているのでしょうか。
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明朝はモンゴル王朝元を掃討したとはいえ、大陸の王朝においては、常に北方民族の侵入が大きな軍事的課題のひとつであり、明朝においても北方民族対策は、大きな政治的課題のひとつなのでした。
明の六代皇帝英宗も七代皇帝代宗も、歴史的にはどちらかといえば愚帝的な評価なのでしょうが、この時代にひとつの事件が起こります。
六代皇帝英宗の時代、明はモンゴル系の瓦剌部(オイラト族)ともめて、英宗は瓦剌部の捕虜になってしまいます。
あわてた明王朝は、英宗(朱祁镇)の弟、朱祁钰(景皇帝)を皇帝に立てます。ところが、瓦剌部は本気で明朝を攻略する気など毛頭なく(というか、そんなパワーはないので)、瓦剌部の族長也先(エセン)は、英宗の良きお友達になってしまいます。
《芈月传》 では、芈月は北方民族の义渠王とお付き合いすることになりました。
そんなこんなで明朝と瓦剌部は、朝貢貿易における瓦剌部の優遇策で合意し、英宗を明に返還してしまいます。で、困ってしまうのが、英宗と景皇帝と允贤の三人です。で、どうなるかがドラマのクライマックスなのでしょう。
実際の歴史においての英宗と景皇帝の運命については、ここでは書かないでおきます。
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