2015年2月4日水曜日

推拿(ブラインド・マッサージ) 2014|目をつむって娄烨(ロウ・イエ)の “見えない映画” を見る



娄烨(ロウ・イエ)が大陸の映画館に戻ってきて、2つ目に作った映画が

推拿 2014

です。この映画が最初に上映されたのは、2014年2月11日の第64回ベルリン国際映画祭でした(銀熊賞)。大陸では同年11月28日、台湾では今年(2015年)の1月23日、香港では今年2月19日に公開されました。

例によって衝撃的なシーンから始まって、秦昊(チン・ハオ)がまたしてもお見合いに失敗したところからナレーションが流れます。 “娄烨作品  《推拿(トェイナア)》 ~”…… ”この映画は毕飞宇(ビィ・フェイユウ)の原作で~” …… “この映画の制作は耐安(ナイ・アン)と~” …… “監督は娄烨”…… ”主な出演者は~” …… 。

え! ぼくは予告編かなにかを見ているのかな? そう思ったのですが、そうではなくきちんと本編でした。

娄烨は、新浪娱乐(シンランユウルア)のインタビューに対して “原作の小説は、本来視覚化できるものではない。なぜなら盲人たちの世界を描いているからだ” みたいなことを語っています。娄烨は、この映画を盲人に見てもらうために作ったのでしょうか。

もちろんそういうことなのですが、このタイトルバックは、一方で目が見える観客に対して、“おまえら、目をつむってこの映画を見ろ!” という言葉をつきつけているように思います。


昨年(2014年)2月11日、ベルリン国際映画祭で娄烨の 《推拿》 が上映され、この映画は大陸では同年11月28日に公開されました。そんなわけで今年(2015年)の2月から3月にかけて、娄烨の、見たことのある映画、まだ見ていなかった映画、全部を見てみました。

周末情人(デッド・エンド 最後の恋人) 1993|《苏州河》 马达(贾宏声)のその後
危情少女(危情少女 嵐嵐) 1994|娄烨の “おさげ少女シリーズ” スタート!
苏州河(ふたりの人魚) 2000|聡明な蓉儿を演じられたのは周迅だけである
紫蝴蝶(パープル・バタフライ) 2003|《苏州河》 から 《推拿》 までの距離、あるいはテロの時代
颐和园(天安門、恋人たち) 2006|娄烨は肩を並べて顔を寄せ合う男と女のカットが好きである
春风沉醉的夜晚(スプリング・フィーバー) 2009|娄烨が封印したトキメキ感が復活する予感
(パリ、ただよう花) 2011|できごとはどしゃ降りの雨の中で起こる
浮城谜事(二重生活) 2012|”おさげ少女” の半分復活、あるいは新生 娄烨のすてきなカット
推拿 2014|目をつむって娄烨の “見えない映画” を見る
推拿 2014|新浪娱乐インタビュー : “娄烨 《推拿》 について語る”
推拿 2014|娄烨(ロウ・イエ)が描く “もえもえの盲人マッサージ師たち”
娄烨电影 《推拿》 2014|萌萌哒盲人推拿师们(ロウ・イエが描く “もえもえの盲人マッサージ師たち” [中国語版])


ネットで、娄烨の最新作がこの 《推拿》 ということを知ったとき(2014年)、この映画のポスターが目に入りました。白衣を着た人たちが並んで記念写真でも撮っているかのようです。盲人用の杖を持っている人もいるので、白衣の人たちは盲人なのでしょう。

英語タイトルが 《Blind Massage》 なので、盲目のマッサージ師についての映画なのでしょう。ポスターをよく見ると、記念写真なので当然のことではありますが、みんな笑っています。秦昊にいたっては、口を大きく開けて大笑いしています。

娄烨の映画で誰かが笑っているシーンなんて、いったいいつ見たことでしょうか。ひょっとしたら、この 《推拿》 は笑える映画かもしれない……そんなふうに思って、見られる日が来るのを心待ちにしていました。


ぼくはすでに 《推拿》 を何度も見ました。《苏州河(ふたりの人魚)》 2000 と同じように “いい映画だね” とだけ言っておけばいいように思います。

娄烨は 《颐和园》 で、かつて構築したカットのすべてを捨てて、ゼロからスタートしなおします。結果、たまたま運良く五年間の映画製作禁止の刑までくらいます。そういう意味では

颐和园(天安門、恋人たち) 2006
春风沉醉的夜晚(スプリング・フィーバー) 2009
浮城谜事(二重生活) 2012

という3つの映画を、たとえば “娄烨のリハビリ三部作” と名付けていいようにも思います。なんでかと言うと、そういったあれこれの模索が一挙に開花したのが 《推拿》 だからです。

繰り返しになりますが、ここでくれぐれも間違ってはいけないことは、 娄烨は  《颐和园》 を撮ったために迷路に入り込まされたわけではなく、《颐和园》 において自らの意思で迷路に入ったということです。


金马奖は、いわば台湾のアカデミー賞です。第51回金马奖で 《推拿》 は、7部門でノミネートされ、2014年11月22日、6部門で最優秀賞を獲得しました。なんで、今年(2015年)の1月23日に公開された映画が、昨年の11月に賞を獲得できるのか? そういう事情はぼくにはわかりません。

ノミネートされながら、獲得を逃したのが最優秀監督賞です。最優秀監督賞は 《黄金时代》 を撮った香港の女流監督许鞍华です。《黄金时代》 には汤唯冯绍峰朱亚文黄轩郝蕾袁泉田原祖峰といった豪華メンバーがそろっています。

《推拿》 にも出ているのが黄轩、《浮城谜事(二重生活)》 2012 に出ていたのが郝蕾、朱亚文と祖峰(刑事コンビ)……と、わりと娄烨がらみの役者が出ています。それにしてもテレビドラマ 《》 で紅くなった冯绍峰は有名になったものです。

娄烨がこの映画 《推拿》 で、映画監督としてはじめて成し遂げたことは、大量の登場人物を描いたということです。これまでの娄烨映画は、主要登場人物は2、3人とか3、4人と極めて限られていました。《推拿》 を見た誰もが “娄烨ってこういうのできるんだ” と感心することでしょう。


《推拿》 が金马奖で獲得したの賞の1つが、最優秀音響効果賞(あるいは最優秀録音賞)の富康です。娄烨の映画を見ていれば、映像へのこだわりはもちろん、音へのこだわりもよくわかります。たとえば、街中の騒音やバイクや船のエンジン音などです。

目をつむって、この映画を見ていると思ってください。ナレーションが、小马(シャオマア)の目が見えなくなったいきさつ、目は治ることなく小马は成長したことを説明し、施設の世話人みたいなおばちゃんが “小马、ご飯だよ” と言います。ちょっとして、たぶんご飯の茶碗が激しく割れる音がして、周囲の人々が早く医者を呼べ、早く電話しろなどと叫びます。

何が起こったのかというと、小马はご飯の茶碗を壁に叩きつけて割り、茶碗の破片でのどを突き刺します。“小马、ご飯だよ” というおばちゃんの声、茶碗の割れる音、騒然とする人々--これらの音だけで、何が起こったのかを想像する……というか、見えない映画を見ることは可能でしょう。

“座って” という声の後に続く、椅子をひきずる音。おおぜいの盲人が、杖で道を叩いている音。小马が子供のときから、ずっと持っている時計の機械だけ部分(たぶん)のジリジリと鳴る音。引き戸がガラガラと引かれると、必ず女たちの声--こういったリアルな音が、ていねいに積み重ねられていきます。

娄烨の映画なので、もちろん雨も降ります。でも、雨の音を聞いていると、それほどどしゃ降りではありません。


この映画は第51回金马奖で、最優秀撮影賞(曾剑)と最優秀編集賞(孔劲蕾[コン・ジンレイ]、朱琳)も獲得しています。

曾剑は北京电影学院摄影系を卒業して、編集の仕事からはじめます。娄烨とは 《颐和园(天安門、恋人たち)》 2006 からのつきあいで、娄烨と曾剑の二人が編集を担当しています。

そして、《春风沉醉的夜晚(スプリング・フィーバー)》 2009 では、撮影と編集を担当します(第47回金马奖最優秀編集賞)。

ご法度時代の娄烨は、もうひとつ 《(パリ、ただよう花)》 2011 を作りますが、この映画の撮影は余力为です。この人が誰かというと、“撮影は、ジャ・ジャンク―作品には欠かせない撮影監督” といった宣伝文句にもなれる人のようです。

《花》 がなんでひどかったのかというと、余力为のおかげだと思います。そういうわけだと思います。 《浮城谜事》 2012 でも、この 《推拿》 でも、撮影は曾剑です。《浮城谜事》 で曾剑と娄烨のカット作りは完成しました。

娄烨が俯瞰気味のカットが好きなことは、よくご存知でしょう。また、屋上とかお店、部屋とかから見降ろすカットもすてきです。《浮城谜事》 では、空撮まで敢行しました。しかし、《推拿》には見上げるカットも見降ろすカットも、ほとんどありません。

これは、盲人が見上げることも見降ろすこともできないからです。盲人に見えるものとは、自分の身体の回りで起こっている、人の声や行動、気配、他人との服とか体の接触、あるいは物が出す音とか温度とかです。だから、ほとんどのカットはそういった “視点” から映しだされます。

この映画では、秦昊は梅婷(メイ・ティン)に恋心を抱きますが、梅婷は素直に受け入れようとはしません。なんでかというと、曾剑が横からでしゃばってきて、梅婷を奪ってしまったからです。曾剑と梅婷は、2012年、香港で結婚式をあげ、2013年には女の子が生まれたそうです。

多くの登場人物がスムーズに、無理なく描かれているのは、この映画の編集作法も貢献しています。

編集の一人、孔劲蕾はインデペンデント系映画の編集者で、贾樟柯(ジャ・ジャンク―)映画の編集も多く手がけています。

いわば、”反エイゼンシュテイン編集” と呼んでもいいかもしれません。異なるカット同士をつなぐのではなく、あるカットの後には同じようなカットがつながれ、映画のリズム、物語がつむがれていきます。

なお、娄烨がしばらく封印していた “おさげ少女” も “男と女が肩を並べて顔を寄せ合うシーン” も、この映画ではなんでもありになっています。


小孔(シャオコン)を演じた张磊(ジャン・レイ)は、最優秀新人演技賞を獲得します。秦昊の古くからの友人である郭晓冬(グオ・シャイドン)の恋人役です。秦昊も郭晓冬も、そして张磊も盲目のマッサージ師役ですが、张磊はほんとに盲人です。ただし、かすかには見えるそうです。

どんな役、どんな演技、どんな物語が語られるのかは、映画を見るときの楽しみにしておいてください。

ちょっとばらしてしまうと、彼女はこの映画ではじめてキスをしたそうです。撮影時は盲学校の学生だったのですが、現在は実際に推拿师tuīnáshī(マッサージ師)をしています。

彼女はけっこうな映画マニアで、好きな映画は、たとえば 《长江七号(ミラクル7号》 2008 です。”娄烨の 《苏州河(ふたりの人魚)》 2000 は見たことがあるけれど、とても深い境地を描いていて、自分はまだそこまで達していない” と語っていました(网易娱乐インタビュー)。

この映画では、张磊以外にも実際の盲人たちがマッサージ師を演じています。沙宗琪推拿中心(シャーゾンチーマッサージセンター)の経営者の一人を演じている王志华(ワン・ジーホア)は、歌手だそうです。また、穆怀鹏(ムー・ホアイパンという人は、毎週末天津で盲人相声(盲人漫才)を演じているそうです。


この映画で、最優秀翻案シナリオ賞をもらったのが马英力(マァ・インリー)です。この人は、いったい誰でしょう。

日本のサイトには、《天安門、恋人たち》 のシナリオが “娄烨+梅峰+英力” とか、“梅峰+英力” と書かれています。この英力が、马英力と同一人物かどうかはわかりません。

《推拿》 が日本で公開されるときには、明らかになるのかもしれません。

で、马英力が誰かというと娄烨の奥さんです。北京广播学院(现中国传媒大学)監督科を卒業し、1987年にはドイツに留学、まずドイツ語を勉強してからベルリン映画学院監督科に入学、1995年卒業という経歴だそうです。

以後、ベルリンと北京をいったりきたりして仕事をしているとのことで、お仕事はドキュメンタリー映画制作のようです。すべて百度百科の情報なので、どこまで本当かはわかりません。

娄烨が、自分で青春群像を描くのはとても無理なのでシナリオを马英力に託したのか、あるいは娄烨自身もかなりシナリオにかかわっていたのか、それはわかりません。


金马奖で獲得した獲得した5つの賞を紹介してきましたが、もうひとつ獲得した賞は、もちろん ”最優秀作品賞” です。

金馬51颁奖典礼:最佳新演員/張磊(推拿)


第51屆金馬獎最佳影片【推拿】中文正式預告

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